僕にとっての東京喰種は、そうですね、半分だけ狂気を飼っているという意味では共感できるものなんです。
主人公は金木研という男。カネキは普通の人間でしたが喰種だったリゼの臓器が移植されて半喰種となっ…僕にとっての東京喰種は、そうですね、半分だけ狂気を飼っているという意味では共感できるものなんです。
主人公は金木研という男。カネキは普通の人間でしたが喰種だったリゼの臓器が移植されて半喰種となってしまいます。人間と喰種のハーフになった彼は苦悩の日々を過ごします。
喰種の証である赫眼は左目だけに現れコントロール不能、喰種と同じように人間を肉を食べなければいけない、というように、喰種の仲間にも人間の仲間にもなれない葛藤。
僕と一緒です。
昼間の僕は、ごく普通の人間であり、会社員として振る舞っています。上司からも可愛がられていますし、決められた役割は全うしているつもりです。会話は人間らしくあるための作り話で本心は一つも話していません。
夜になると僕は街に吸い込まれてしまいます。お金を払って相手を傷つける権利を買うんです。肉体的な飢えじゃありません。魂の飢餓感を埋めるために攻撃的でサディスティックな部分をさらけ出す。
彼女たちは事前に決められた台本の通り演じてくれます。叫び声も涙も懇願も計算された舞台装置。僕が支払った金額分の時間が終われば繋がりは消え、虚無感だけが残ります。
僕はこの渇望に喰種の食事を重ねて見ています。昼間と夜の二面性を持ち、限られた場所でのみ本性を解放する。
きっと誰しも人間はこうなのではないでしょうか。展開▼
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太平洋戦争の終わりごろ、実際にあった疎開保育園の物語です。
親元を離れた園児は53人。空襲に怯えながら、親と別れた寂しさに耐えながら、それでも生き抜こうとする子どもたちを守る保育士のストーリーです…太平洋戦争の終わりごろ、実際にあった疎開保育園の物語です。
親元を離れた園児は53人。空襲に怯えながら、親と別れた寂しさに耐えながら、それでも生き抜こうとする子どもたちを守る保育士のストーリーです。
みっちゃん先生と子どもたちが接しているだけで、そこに温かい絆のようなものを感じますし、忘れていたものを思い出させてくれます。実話をもとにしているので、ラストの衝撃展開や伏線回収などはありませんが、だからこそ真っすぐに心に響きました。展開▼
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暁佳奈先生が紡いだ美しき物語。原作は三巻の本と、一冊の外伝に綴られています。私が触れたのは、2018年に放送されたアニメシリーズでした。
物語の舞台は、大戦の火がいまだ残る土地。主人公は、かつて…暁佳奈先生が紡いだ美しき物語。原作は三巻の本と、一冊の外伝に綴られています。私が触れたのは、2018年に放送されたアニメシリーズでした。
物語の舞台は、大戦の火がいまだ残る土地。主人公は、かつて戦場で「武器」そのものとして扱われ、「戦闘人形」と呼ばれた少女、ヴァイオレット・エヴァーガーデン。彼女は両腕を失い、今は郵便社に身を置きます。「自動手記人形」として、人の想いを言葉に綴る日々の中、彼女の凍てついていた何かが、静かに目覚めてゆくのです。
その軌跡を追ううち、幾度となく涙が出ました。
戦火の記憶が冷めやらぬ世界で、人々が交わす言葉は、あまりに繊細なガラス細工のよう。けれどヴァイオレットは「心」を知りません。ただ戦うためだけに適応した彼女の魂は、空っぽなのです。ゆえに、彼女にとって唯一の光であった少佐が最期に残した「愛してる」という言葉の意味を、彼女は理解せずにいました。
自動手記人形の務めとは、依頼主の心の奥深く、言葉にならない想いをすくい上げ、それを言葉へと変えること。面と向かっては伝えられぬこと、胸の底に沈めた真実が、手紙を経て、大切な人へと届けられるのです。答えの見つからぬ「愛」とは何か。深い問いを抱え、彼女は人々の心に触れ続けます。
彼女の綴る言葉が、誰かの救いとなる様子は、心を揺さぶります。それは、人が幸福に生きるという、複雑な寄木細工の、失われたひとかけらのようでした。
私自身、長らく同じ業種で働いてきました。仕事のコツや配分、手の抜き方もわかっています。ともすれば、世間からの評価や対価にばかり気を取られがちです。 けれど、今も昔も変わらず、ふとした縁に心が躍る瞬間があります。何も知らない相手と心が通じ合ったと思える瞬間。そこに喜びを感じます。
どのような仕事であれ、人が人のために何かをする所業の中に、「愛」のかけらが息づいているのかもしれません。展開▼
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『夏目友人帳』であやかしと人の絆を紡いだ緑川ゆき先生が描く、もうひとつの幽玄なる物語。四十五分という束の間の夢。観る者は、夏の森の奥深くへといざなわれます。
物語の始まりは、六歳の少女・蛍が、神…『夏目友人帳』であやかしと人の絆を紡いだ緑川ゆき先生が描く、もうひとつの幽玄なる物語。四十五分という束の間の夢。観る者は、夏の森の奥深くへといざなわれます。
物語の始まりは、六歳の少女・蛍が、神隠しにでもあったかのように「山神の森」へ迷い込む場面。そこは、人ならざるものたちが息づく、禁じられた森でした。
深い緑の中、彼女は青年の姿をしたギンと出会います。ですが彼には、人の肌に触れると、その存在が霞のように消えてしまうという、哀しい呪いがありました。
その日以来、夏が巡るたび、蛍はギンの待つ森へ通います。年に一度きりの、まるで七夕の星々にも似た逢瀬。夏休みが重なるごとに、二人は言葉にこそせずとも、互いの胸の奥底で淡い想いを静かに育んでいきました。
人の娘と、あやかしの青年。触れ合えぬまま季節は幾度も移ろい、幼かった蛍はうら若き乙女へと姿を変えます。二人の間にあるのは、恋と呼ぶにはあまりに切なく、友情と呼ぶにはあまりに深い、魂の結びつき。
題名にある『蛍火』。それは闇夜に明滅する儚い光であると同時に、消え入りそうに揺らめく残り火をも意味します。ギンの存在は、まさにその蛍火のよう。守るべき大切な誰かを見つけるまで、消えることなく燃え続けた、尊い光です。
もし、想いが通じ合う瞬間が、そのまま永遠の別れの始まりだとしたら。 これほどまでに胸を締め付ける、苦味を帯びた終焉があるでしょうか。
『蛍火の杜へ』は、そのような、束の間の、しかし永遠に忘れえぬ光の物語なのです。展開▼
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中学生のときに両親が離婚したんだ。俺も小さい頃だったから寂しかったけど、友達とかもいたから、平気だと思っていた。
でも経済的に厳しくなってきて友達とも遊べなくなった。裏切りだと感じたなぁ。だって、…中学生のときに両親が離婚したんだ。俺も小さい頃だったから寂しかったけど、友達とかもいたから、平気だと思っていた。
でも経済的に厳しくなってきて友達とも遊べなくなった。裏切りだと感じたなぁ。だって、そうだろう?この間まで仲良くしていたのに急に手のひらを返しやがって。
それに母親も荒れてな。俺を殴ったりするようになったんだ。酒を飲んでビールの空き缶を投げつけられていたよ。
ハッピーシュガーライフでさとちゃんが仲間外れにされるだろ。バイト先でわざと水をこぼされるとか、あるあるだったよ。俺は仕事ができるから嫉妬されるんだ。嘘の告げ口をして追い込んでくるよな。
で、まぁ、それならこっちだって悪いことをやってもいいよな?
給料をごまかして騙そうとしてくるんだぞ?
さとちゃんが迷惑をかけたからって言いがかりをつけて、勝手に減給するなんてありえないからな。
俺にこんな仕打ちをするなら、俺が何をしようと自由じゃないか。ルールなんて守る意味はないんだ。俺を守ってくれないわけだから。自分で生きていかないとだめだ。結局、自分の人生だから。俺に敵対する奴は敵だし、歯向かってきたら潰すしかないからな。俺の生き方を批判するってことは、人生の厳しさを知らないってことだろうな。
さとちゃんとしおちゃんの関係はいいよな。俺への愛があるってことは裏切られないし、他の持ち物は全部捨ててもいいってことだから。人生かけて俺についてこられる奴だけが俺の仲間だ。
ハピシュガの「愛をこぼさないお城をつくる」って表現が好きなんだ。邪魔する奴を排除する城を立てないとだめなんだ。そうしないと愛が逃げてしまうだろ?閉じ込めておくくらいで丁度いい。父親と母親は離婚したのは閉じ込めなかったせいだからな。展開▼
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私はもともと自衛隊を目指していました。一般の人を救助する仕事に憧れていました。しかし、高校3年のとき事故にあって足を怪我したことで断念。自分にできる仕事、やりたい仕事を考え、手話を覚えることにしました…私はもともと自衛隊を目指していました。一般の人を救助する仕事に憧れていました。しかし、高校3年のとき事故にあって足を怪我したことで断念。自分にできる仕事、やりたい仕事を考え、手話を覚えることにしました。
現在は療育センターの保育士として働いています。難聴班では周囲の音に気づけず危険になったり、コミュニケーションが難しいことで孤立感が生まれることもあります。ヘルプが届く前に手を貸すことが私のモットーで、それは喜多見先生のポリシーである「待っているだけじゃ、助けられない命がある」と似ていました。
喜多見先生の判断力と柔らかくて安心できる接しかたを目指したいと思っています。MERのメンバーが私の働き方に大きな影響を与えました。救命救急医療チームと療育センターでは立場が違いますが、どちらも人を助ける仕事。この作品を好きになれたことを誇りに思います。展開▼
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